声明・談話
日本学術会議会員任命拒否に対する会長声明
2021年(令和3年)1月15日
和歌山弁護士会
会長 山崎 和成
1. 菅義偉内閣総理大臣(以下「菅内閣総理大臣」という。)は、2020(令和2)年10月1日、日本学術会議の新会員について、日本学術会議が推薦した105名の候補者のうち、6名を除外し、99名のみを任命した。6名の候補者を除外した実質的理由については、明らかにされていない。
2. 日本学術会議は、日本学術会議法に基づいて内閣府に設置された国の機関であるが、同法第3条は、「日本学術会議は、独立して左の職務を行う。」と規定して、その独立性が法律上明記されている。
この規定は、憲法第23条において、研究者個人の思想良心の自由や表現の自由をこえて「学問の自由」を保障した重要な意義が、「学問」を担う大学等の学術機関や各分野の研究者集団の自律・自治を保障するところにあることに鑑み、日本学術会議の自律・自治を保障するために設けられた規定である。
3. 会員の任命について、日本学術会議法は、「日本学術会議は、……優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し……内閣総理大臣に推薦するものとする。」(第7条1項)、「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」(第7条2項)と規定している。
会員は、「優れた研究又は業績がある科学者のうちから」から選考されるが、かかる判断は、そもそも民主的統制に属する事項ではなく、内閣総理大臣の実質的判断になじまない。科学者の代表機関たる日本学術会議の自律性に委ねるべき事項として、日本学術会議の選考と推薦によるものとされている。
また、日本学術会議法は、会員からの辞職申出があっても、内閣総理大臣は、日本学術会議の同意を得て辞職を承認するものとし(第25条)、会員に会員として不適当な行為があった場合にあっても、内閣総理大臣は、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができると規定している(第26条)。このように、会員自身の申し出による場合や不適当な行為に基づく退職の場合であっても、内閣総理大臣の権限に制約が課せられているのは、日本学術会議の独立性ゆえのことである。
これらの日本学術会議法の規定からすると、会員の任命についても内閣総理大臣の権限には制約が課せられており、内閣総理大臣は、学術会議会員の任命にあっても、日本学術会議から推薦された会員候補者について、任命しないという形で会員たる地位を認めないということはできないと考えるべきである。
4. かかる会員の日本学術会議の推薦に基づく任命制は、1983(昭和58)年に、全国の科学者による公選制を廃止して導入されたものであるが、そのときの国会審議において、学問の自由が侵害されかねないとの懸念が表明された。これに対し中曽根康弘内閣総理大臣(当時)が、同年5月12日の参議院文教委員会において、「政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております」と答弁し、同年11月24日の同委員会において丹羽兵助総理府総務長官(当時)も「形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁している。内閣総理大臣の任命行為が形式的な行為にすぎないことは、日本学術会議法の趣旨から当然に導かれるものである。
5. したがって、日本学術会議から推薦された候補者のうち6名を任命しなかったことは、上記の1983(昭和58)年の政府見解に明らかに反するものであるだけでなく、同法に違反する違法行為で認められないというべきである。
よって、菅内閣総理大臣は、違法な任命拒否を撤回し、ただちに6名を任命すべきである。