声明・談話

岡口基一裁判官に対する罷免の訴追に関する会長声明

2022年(令和4年)1月12日
和歌山弁護士会
会長 田邊 和喜

1. 2021年(令和3年)6月16日、裁判官訴追委員会は、岡口基一裁判官(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事)に対し、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」(裁判官弾劾法第2条第2号)に該当する事実があったとして、裁判官弾劾裁判所に罷免の訴追をした。訴追事由は、岡口基一裁判官が、裁判官であることが他者から認識できる状態で、ツイッター、ブログ及びフェイスブックに投稿等を行い、刑事事件の被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱し、私人である訴訟当事者による訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめたというものである。

2. 岡口基一裁判官がツイッター、ブログ及びフェイスブックに投稿等を行った各事実のうちの二つの事件については、すでに最高裁判所がそれぞれ分限裁判による懲戒処分を行った。当会も、訴追事由とされた岡口基一裁判官の各行為の中には、被害者遺族等関係者の方々の心情に配慮することなく行われた不適切なものがあると考えるところであり、これによって傷つけられた被害者遺族等関係者の方々の心情は察するに余りある。

3. もっとも、裁判官の表現行為の内容に着目して裁判官の身分を剥奪することは、憲法上、重大な問題を含むものであって慎重かつ謙抑的になされなければならない。

憲法は司法権の独立を明記し(第76条第3項)、その一環として裁判官の身分を保障しているが(第78条)、他方では、国民の公務員の選定・罷免権(第15条第1項)を受けて、裁判官の職にあるにふさわしくない重大な非違行為にある裁判官を排除し、もって裁判の公正と司法に対する国民の信頼を確保する方途として、国民代表機関である国会に弾劾裁判所設置権を付与した(第64条)(「日本国憲法論」佐藤幸治・成文堂458頁参照)。

憲法第64条第2項を受けた裁判官弾劾法は、罷免事由を「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。」(第2条第1号)、「職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。」(第2条第2号)に限定している。「著しく」とか「甚だしく」というように罷免事由が加重されているのは、「罷免事由の解釈運用のいかんによっては、いたずらに裁判官の地位を不安定ならしめ、司法権の独立を危うくする虞がある」という配慮に基づくものである(新版「憲法講義」下・小林直樹・東京大学出版会310頁参照)。

4. これまでの弾劾裁判において、裁判官弾劾法第2条第2号に該当する事実があったものとして弾劾罷免された裁判官の行為は、調停当事者からの酒食饗応等、検事総長の名をかたって現職内閣総理大臣に電話をかけて虚偽の捜査状況を報告するなどした政治的策動への関与、収賄、児童買春、ストーカー行為、盗撮等であり、いずれも、犯罪ないし悪質かつ明白な違法行為であり、裁判官の職責への信頼を失墜させる重大な非違行為であることは明白であって、「威信を著しく失うべき非行」に該当することは明らかといえるものであった。

5. これに対し、今般訴追事由とされた岡口基一裁判官の前記SNSでの情報発信等は、これまでの弾劾裁判の罷免事由とは異なり、その中に不適切な表現が含まれているものがあるとしても、直ちに犯罪行為ないし明白な違法行為とまでは評価し難い。

もとより、裁判官弾劾法は罷免事由を犯罪ないし悪質かつ明白な違法行為に限定していないのであるから、理論上、そのような行為でなかった場合でも「威信を著しく失うべき非行」に該当する事案は想定され得るものと考えられる。

とはいえ、もし、そのような場合に過去の事例との比較を十分検討しないまま安易に「威信を著しく失うべき非行」に該当するものとされるのであれば、いたずらに裁判官の地位を不安定ならしめることとなりかねず、司法権の独立に鑑みて罷免事由を限定した裁判官弾劾法の趣旨に反し、人権擁護の最後のとりでとなっている司法権の独立を危うくするおそれがあり、さらには、わが憲法が国民に保障する自由及び権利にも影響を及ぼしかねない。

6. よって、当会は、本件が司法権の独立に関わる極めて重大な問題であり、司法権の独立を実質的に確保する観点から、裁判官弾劾裁判所に対し、慎重かつ謙抑的に判断するよう求めるものである。